お盆休みのおばあちゃんちは僕ら兄弟には所在ない。
見るからに居心地悪そうな僕達に一言二言、大人たちから話しかけられれば無難な愛想笑いを返しておく。けれども、誰それさんの兄弟のお嫁さんだとかいう、つまりはまるで見知らぬおばさんの猫なで声で、「茂夫くんおっきくなったわね。あらま、律くんの方なの?あらやだ間違えちゃったわあ、弟さんのがしっかりしてるのねえ」などと言われても、へらへらと笑って流せるほどの愛想の在庫は持ち合わせていない。
都合の良いことに、こういう親戚の集まりというやつには僕たちは居ても居なくても大して誰も困らないんだ。ごくごく普通の中学生たる僕らには、大人たちの喜びそうな世間話のネタもなければお子様として見せ物にされるほど幼くもない。見知らぬ親戚は僕らにとってはほとんど他人も同然で、ちびっこたちの中へ混ざるほど僕たちは子供でない。だから、誰も見ていない隙を付いて抜け出すのは簡単だった。
「あっつい……」
堪らずに兄さんが呻く。古びた木造家屋の勝手口から中腰に屈んでくぐり抜ければ一転、ギラついた陽射しに眼前が白く灼ける。今朝、玄関先に飾られたばかりの茄子は照り返しに早くも萎び始めていて、つまようじを刺された箇所から皮が黒く爛れていた。
精霊馬を覗き込んでいるのか太陽の眩しさに負けたのか、しゃがみこんだ兄さんのおでこから、吹き出た汗がぱたぱた落ちる。からからに乾燥した土に染み込んで、黒黒と点を描く。
兄さんはぽつり、とこぼした。
「お盆って何なんだろうね」
「ご先祖様が帰ってくる、とか言うけれど。親戚で集まりたいだけだろ」
「それって、そんなに嬉しいかな」
「さあ」
家から逃げ出してみたところで、土地勘も乏しい僕らに行く宛など無い。行く宛を考えるのも億劫なほど、暑かった。外壁から剥がれた漆喰の破片が散らばっている。脆く乾いた白いかけらは軽く踏みつけてやるだけでほろほろと崩れていく。
「お隣さんの赤ちゃん、可愛かったね」
「うん」
かり、こり、とサンダル越しに伝わる感触が心地良い。軽く靴裏で捏ねてやれば粉となって、あっけなく土に紛れた。
「抱っこしようとしたら泣かれちゃったけど」
「うん」
分厚く沈む入道雲、洗い場に浸けられたままの素麺の器。主を失って打ち捨てられた犬小屋も、庭にしつこく繁茂する雑草も。生きとし生けるもの、生物、無生物から遍くエネルギーを巻き上げて呑み込む熱風も、つまらない親戚だって誰だか知らないご近所さんだって。真夏の大釜で等しく茹でられて、ひとつだった。
蝉しぐれが陽炎みたいに耳奥で揺らめいて、いやに静かな気分だった。
「律」
呼びかけられて我に返る。そうだった。
僕に居るのはこのひと。兄さんが居て、僕が居る。
「聞いてる?」
「ごめん、すこし、ボーッとしてたみたい」
「僕たちにも、子供が出来て孫ができて、その先もそのもっと先も子供が産まれて、そうやってずっと続いていくのかな」
「……なに、兄さん、そんなこと考えてたの」
ふふ、と吹き出す。格好をしてみせる。
「兄さんなら、うまくいくよ」
「律こそ。モテるしなんでも出来るんだから。……僕はモテないのに」
「……うん」
「うん、って……」
何も、考えたくない。チリチリと胸の奥が痛むのは、きっと夏に焼かれたから。酷く苦しいのに、この夏に僕ら二人閉じ込められてしまえばいい。そう思ってしまったのも、きっと真夏のせいなんだ。