※死ネタ
なぜならば。僕の直面しているものがあまりにも生々しくて。
どちらかと言えば「それ」から気を逸したくてたまらなかった。
「兄さんは嘘つきなんだね」
「なっ……!?」
バイトも部活もない、五時限目が終わったばかりのまだ日の高い帰り道。背後に現れた「それ」の気配にバッと、大きく振り返る。振り返るまでもなく、霊魂の気配でわかっていた。
だって忘れれるわけも、間違えるはずもないじゃないか。
それは紛れもなく。僕の大切なたった一人の弟。
だったモノ。
「僕たちは兄弟だって言ってくれたのに」
「……あの時とは、話が別だよ」
あの日、最期のときの格好と変わらないままの制服姿は気味が悪いほどしゃん、としていて。顔を見上げる勇気は出ないまま、僕のとお揃いの白いスニーカーが冷酷にぼんやりと透けている。
「たった二人の兄弟なんだから、僕一人で逝ける訳ないじゃないか。ずっと一緒にいるよ。今ならきっと、今度こそ、前よりかは兄さんを守れるはずだから」
「律」
いたたまれなくて、無理やり視線を引き剥がす。
「ごめんね」
「どうして? 兄さんが謝るの」
まっすぐ前を向いたまま、ずんずんと足早に家路を急ぐ。律はやや距離を置いて、ひたりとくっついてきている。張り裂けそうな胸の痛みと、僕を心配させまいと精一杯の強がりで決壊しそうな涙をこらえていることが、刺すほどに伝わってくる。
皮肉だ。あの子が生きていた時にはこんなふうに分かってあげられたことなんてきっと、無かったはずなのに。どうして僕はいつだってこんなにも、無力なんだ。
「ありがとう。兄さん」
優しい僕の背後霊はふつ、と囁く。漏れ出た力を握りこぶしに押し込めたのと、ほぼ同時のことだった。
お礼を言うべきなのは僕の方だ。この世に留まってくれている律を吹き飛ばすなど造作も無いことであるのは、嫌というほど分かっていた。霊になってしても僕のほうが力が強いことも、僕には、悲しいほどに分かってしまった。
「ごめんね。僕はやっぱり嘘つきだ」
振り返らずに僕は言う。ふふっと笑ってくれた気配が嬉しくって、ほう、と一つため息をつく。
ごめんね律。こんな情けない兄だから律も成仏できないんだね。ほんとうは消してあげなきゃいけないことは分かっているけれど。
ほんの一瞬力を込めれば終わらせてあげられる。死んで、在るべき姿になる。
それをしないのは僕の身勝手に過ぎなかった。ただの身勝手のために律も、僕自身にも嘘をついているんだ。あの日死んでしまった律は僕の心の空洞にはまり込み、ざりざりと蝕んでいた。蝕まれる心の痛みが心地よくって、ずっとこのまま一緒で居られれば良いのにと、思わずには居られないんだ。