【サンプル】Engraving

旧~シャンバラ軸のエドアル。血印にぶっかけしたら、弟の体に淫紋が付いて錬成されちゃった! なネタ。

そんなに快い話じゃない。襲い受け気味、ラストは同意です。

蛍光ピンクの紙に銀の全面箔、本文はピンクの上質紙にインク変えにしました。装丁もりもりだぜ。

 

 

 

それが日課となった頃の話だ。

夜、僕は読書に励んでいた。今日の題材は、遠い地での錬成陣に匹敵する紋様についてだ。アメストリスでは錬成陣を用いた錬金術が盛んであるが、例えば東方のシン国では地脈の流れを読んで用いる錬丹術というものが扱われているのだとか。理解分解再構築により新たな物質を作り出すことに重きを置く錬金術とは異なり人間の体に流れる気を操作する医療に特化したものであるらしい。
そんな各地で特色のある紋様を用いることで、中には象という巨大な生き物をも昏倒させる麻薬の作用を持ったものもあるとか。人間の感情、特に脳内の快楽物質の産生を弄るものもあり、あまりの効能の強さに廃人が跋扈し、滅びかけた国や戦争に至ったこともあるので禁止されているものもあるのだとか。男女の契に使えば一生、番うとされている眉唾物なものもあるのだとか。云々かんぬん。
そんな話を興味半分に読みながら、しかし今の僕たちには「足し」になる情報ではないなとも考えて、背中越しの兄さんの気配を探る。

兄さんはせっせと日課に耽っていた。日課、と言うのは、兄さんが大人の体に近づいてからしていることだ。
「兄さん、まだやってるの?」
「……は、るせー。話しかけるなって、言ってるだろ」
きっと下半身を丸出しで、露わにした局部を単調に指で擦りながら、兄さんはぶっきらぼうに言う。これをしている時の兄さんは話しかけられることをとても嫌がる。
兄さんがいつからこんなことを初めたのか僕は知らない。こんな旅の最中だ。プライベートもあったものではない環境で、いつの間にか実の兄のそれを目撃するようになり、いつしかこうやって、僕と部屋を共有する時でもやるようになっていた。それでも真正面から見られるのは嫌であるらしく、兄さんは大きな鎧姿の僕の影に隠れるように、背中合わせで縮こまって致している。
「兄さん、最近遅いね」
「うるせえよ……」
「ねえ、どんな感覚なの? 本にはよく『快感を伴う』って書いてあるけど……どんな感じ? 気持ちいいって、どんな感覚? 日向でお昼寝する時のぽかぽか暖かい感じ? それとも夏の木陰で涼んでいるみたいな静かな感じ?」
「べらべらとうるさいって、言ってるだろ」
「だって気になるじゃないか」
「お前には、まだ早い」
「早くないよ。僕だってもういい年になったんだよ。それくらい知っていたって良いだろ」
「大体お前、ちんこも無いのに関係ないだろ」
「何だよその言い方」
これには僕もさすがにムッと来て、吐き出す言葉は棘を持つ。それでも、意固地になったらしい兄さんは言葉を連ねた。
「あーあー、アルにはわからないだろうよ、こんな愛とも関係なしに生理現象に振り回される悲しき煩わしさ、ってやつ……」
「そんな嫌味な言い方しなくたっていいだろ。兄さんだって背丈なんてぜんぜん子供のくせに! お子様に愛と生理現象の境目なんて理解できるわけがないじゃないか」
「このやろう、言ったな……」
兄さんは、低く唸って僕に迫る。陰茎を片手では扱きながら、座って本を読んでいた僕の前に立ちはだかり、固く見開いた瞳には黒い影が落ちている。ゆるく開いて小さくわななく口元からはきっと、熱い吐息が漏らされている。その熱を感知することは、今の僕には叶わないけれども。
「なんだよ兄さん。やる気?」
「……やんねーよ」
本を置き、構えの体勢を取った僕に対して否定の言葉をつぶやきながら、しかし兄さんは僕に迫り、どういう訳か僕の頭部を掴んで投げ捨てた。鎧の頭部は床に打ち付けられて、悲鳴のように木霊する金属音に胸騒ぎがする。僕は空っぽの鎧を晒されながら、見下ろす兄さんの瞳に粘着質なギラついた光を見出して、竦みそうになる気持ちを奮い立たせて問いかける。
「ちょ、ちょっと。なにする気なの」
「お前にも少しだけ、教えてやるよ」
「何を、」
「オトナの悩みってヤツ」
そう言って兄さんは僕の鎧に馬乗りになり、いっそう扱く手を強めて亀頭の先を、あろうことか血印に向ける。銃口を向けるむき身の攻撃性を突きつけながら、しかし口元からは切なげに「ああ」とか「ん……」とか、押し殺しきれなかった嬌声を漏らしているさまは無防備で。生命を貫こうとする暴力と、こちらが恥ずかしくなるほどのか弱い心身とを同時に見せつけられて、僕はますます混乱した。
「兄さん、何してるんだよッ兄さん! こんな、正気じゃないよ……! やめ、やめてよ、こんなこと、やめてったら!」
「お前が、知りたがった、こと、だろ」
息も絶え絶えな兄さんは抜群の体幹で僕の首元で体勢を保ち、その太ももをわずかに震わせて、あ……と小さく息を漏らし、吐精した。
兄さんが射精するところなんてまじまじと見つめたことなんてなかったのに、白濁した粘性を持つ体液が、僕の生命の核に迫ってくるのを初めて目の当たりにして、唖然とした気持ちであったように思う。

兄さんの体液が僕の血印に垂れ落ちて、僕の意識に亀裂が走る。
蝕むような、刺すような赤い眩しさに身悶えして、それが久しく感じたことのない熱感であるのだと悟った時には。すでに、打ち寄せて幾重にも膨れ上がる大波のような脈動に体性感覚は押し流されて、自分がどこに居るのかすっかり分からなくなっていた。無いはずの鼓動が聴覚の奥に響いて、頭が割れるように思考が痛む。吐き気がするようで、内容を吐き出す臓物など持っておらず、肚の奥底にとぐろを巻いた熱に浮かされて、溺れるように苦しい。
これまでの人生で、それは肉体があった頃のものも含めて、感じたことがないような苦悶に虐げられながら、僕の脳裏には記憶が浮かび上がる。
それはいつの日かも分からない、本当にあったのかも疑わしい、セピア色にかすれた光景だ。清潔な白い毛布でくるまれて、平和で退屈な日だまりに置かれていた頃。霞む視界に現れては、水面越しの遠い声で呼んでいた。それは母のものとは異なる、いたずらで挑戦的なもの。決して守るばかりではない、時には僕を突き放し、対立して、競争して。しかし最後には必ず、僕の手を取って受け止めてくれるもの。

「アルフォンス。アルフォンス! 大丈夫か、しっかりしろ……オレの声が聞こえるか??」
ああ、僕を呼ぶ声がする。この声を聞くと、結局は、金の日差しが差すように、心が晴れてしまうんだ。揺らぐガラスを透かしたように遠い視界に覗き込む、必死なその人の顔を見て、僕は微笑みかけたつもりだった。微笑んだつもりで、その時の僕には、肉体がないという事実なんて意識の外にあった。汗粒で照る兄さんの両手が僕の鎧に触れる。粘ついた精液が付着したままの両の手が鎧に触れて、血印は淡く光りを放ち、僕の鎧は、いや、今となっては僕の体は、壊れてしまったかのようにびくり、びくりと波打ち、きっと醜い音を立てたはずだ。

「なあ、アル。済まなかった、アル、頼む、返事をしてくれ。オレが悪かった……アル……アルフォンス……」
すすり泣く声が聞こえてきて、ようやく僕の意識は現実へと焦点が合ったようだ。体を動かそうとすると錆びついたように重く怠く、それは疲労であると直感する。体のままならなさに反して思考は冷えたようにクリアであり、心の内は穏やかなものだった。
「兄さん……だいじょうぶ、僕は無事だよ」
「アルフォンス……? アル、良かった。アル、済まない、オレが言い過ぎた。もう二度とこんな事はしない。ごめん……」
「それは……」
僕は答えに窮した。
先ほど感じた感覚は、檻にでも囚われたような逃げ場のない苦悶であった。肉体の枷に繋がれていた時よりも酷い、直に理性を蝕むような体性感覚は苦しいものであり、決して快いものであると認めたくはないけれど。しかしどこか、麻薬の魅力を感じている自分がいることに、戸惑うばかりだった。
あんなに怖くて苦しい思いはもう御免だと思うほうが正しいはずなのに、まるで兄さんにもっとめちゃくちゃにされて、もっと酷いことをされて、僕の知らない感覚を暴いてほしいような、衝動にかられていた。こんな欲望は、きっと、大切に思う人だからこそ抱いてはならないものだと直感もしていて、罪悪感に苛まれて背筋が凍るようだ。
「うん。僕も言い過ぎたかも……ごめんね。兄さん」
口に出すことを選んだのはごくありふれた謝罪の言葉だった。
「ああ。よく拭いたつもりだけど、その、ほんとに。ごめん」
「うん。もう、大丈夫だから」
「そうか……。ふあ……ねみい……ちょっと早いけど今日はもう寝ようかなあ」
「おやすみ兄さん。ちゃんとお腹まで毛布かけて寝てね」
「そんなこと分かってるって。毎日うるさいなあ」
「兄さんがだらしないからだろ」
「なんだ……と、いや。今日はもう、喧嘩はやめよう」
「そうだね……。じゃあ、電気消すね」
「ありがとな、アル」
部屋の明かりを消せば、光源は窓から差し込む月明かりだけとなり、薄暗い。こんな薄暗がりでも僕の意識が落ちることはない。眠る、という行為が欠落した僕は、いつも本を読んで過ごしている。
しかし今日という日は読書にも集中できなくて、鉄の体を抱きしめてうずくまる。すっかり無機物の感覚しか無い日常に戻った体はもう、あの熱を彷彿とさせることはない。あの脈動を思い出そうとしても、鋼鉄は月の光に照らされて静かに冷えるばかりであった。
「くそっ……」
僕は一人、小さく悪態をつく。寝付きの良い兄さんが早々に寝息を立てるのを聞いて、物音を立てずにくず入れへ忍び寄る。ついさっき捨てられたばかりのちり紙は一番上に投げ入れられていて、すぐに見つけることが出来た。くしゃくしゃの乱雑に丸められたそれを月光に透かすと体液の重みで垂れ下がる。生乾きのゴミを手の中に込めて、指を一本ずつ、祈るような遅さで握り、僕はうずくまった。
「う、うう……うぁ……」
握りしめたものは、きっとひんやりとしているだろう。温度すら感知しないこの体に、荒れるような感情だけが乗っていることが恨めしい。こんな不潔なゴミを拾ってしまっている自分自身が恥ずかしくて、滑稽だ。最低な気持ちでくず入れの上で拳を解くと、湿り気を帯びたちり紙は手のひらにへばりついて、ぶらぶらと揺れた。

その日から、兄さんは僕の前でオナニーすることをやめた。

それは全て、オレのせいだと思った。

ミュンヘンにも熱いシャワーはある。左手でシャワーを掲げて熱湯を頭から被り、シャワーフックにかけてから、やはり同じ左手で顔を拭う。機械鎧を外して片腕片脚の素っ裸で風呂に入る時間は、我ながら一日の中で最も無防備であると思う。慣れたこととして重心をうまく保ちながら椅子に座り直して、すっかりシャンプーを流し終えたならば、体を流し、清めていく。
盛りだくさんに色々なことが、ありすぎた日だ。こんな日にはとびきり熱い湯をかぶるに限る。揺らぐ思いも、浅い考えも、全て湯に溶けて流れていくから。

扉の外に人の気配を感じ取り、まぶたに垂れる水滴を拭って、顔を上げる。
「なんだよ。待てなかったのか」
それは、久方ぶりに再会を果たしたばかりのよく知る人であったので、オレは警戒を解いて笑いかけようとした。しかし、裸で戸を開けて入ってきたアルフォンスの表情は、癇癪を起こす前の子どものように泣き出しそうで、しかし何かがむしゃらな覚悟を決めたような切羽詰まったもので、リラックスタイムとは程遠い空気を察してオレは口をつぐんだ。
「……待てなかったよ」
「アル、どうかしたのか?」
弟、アルフォンスは一糸まとわぬ裸でそこにいた。伸ばされた蜂蜜色の髪は解かれ、肩にふんわりとかかる。時の巻き戻った姿で錬成されたアルフォンスの体躯は、13歳の少年にしてはよく鍛錬された筋骨が隆々としていながら、皮下には脂肪もまた柔らかな曲線を添えており、実の兄が言うのも何だが、見事なものであった。惚れ惚れするほどに、健康な人ひとり分の肉体である。
「成功、したんだな」
その美しさに見惚れて思わず呟いたが、アルフォンスの顔が晴れることはなかった。
アルは遠慮がちに、ひっそりと下腹へと添えていた震える右手を、退ける。傷一つ無い、どこまでも滑らかな肌が同じく現れるものと思っていた。しかしそこにあったのは、わずかな桃色に薄っすらと刻まれたミミズ腫れのような紋様であった。それはアルフォンスの臍より下の腹を覆うように、蔦のように張り巡らされて刻まれている。錬金術で扱う円環状のものではなく、逆三角形の形に収められており、それは刻まれた場所と形から、まるであるはずのない女性器を思わせるようなもので。
思考の追いつかないオレに向かって、アルが迫る。その一歩一歩に、罪を責められて追い詰められるような心地がした。
「アル、それは、一体」
「兄さん。兄さん言ってたよね。オトナの悩みを教えてくれるって」

 

(新刊に続く)