兄弟なのに/兄弟だから

「律、どうして泣いてるの」

粘着質な水音に混じって鼻をすする音が混ざるのを、人一倍に鈍感な茂夫に気がつけるほど愛しい弟はは泣きしゃぐっていた。見上げてみれば汗と涙と鼻水と、分泌液濡れのぐしょぐしょで、清潭な顔立ちを台無しにした律が居た。

「ごめんなさい、ごめん、兄さんごめんね……。ごめんなさい……」
うわ言のように律は言う。
茂夫には原因がまるで見当つかなくて、素朴な疑問符ばかりが浮かぶ。
「どうして? 僕は律に謝らなきゃいけないようなこと、された覚えはないけれど」
「違う、違うんだ」
「違う? 良く分からないな。律が本当の悪いことをするなんて僕は知っ、てっ……あぅ、っ……!」
「……また。貴方は、そうやって」
「やめ、り、つ、あっっ……!いきな、り、動かな、ハッ……ふ……!」
細く華奢な腰骨を抑えつけられては逃れる術もなくねぶられる。いくつものゴムを替えながら既にさんざに蹂躙され尽くして敏感に腫れた後孔は、ゆるく揺さぶられただけで焦れったい快楽を肚の底まで吸い上げた。潤いの枯れかけた内壁は甘ったるい痺れと痛みとを一緒くたに拾い、疼く。弟に向けるつもりの言葉たちはあられもない喘ぎとなって、とめどなく喉の奥に渦巻いて、消えていく。
「兄さんは僕のことなんて何も知らないからそんなことが言えるんだ」
「んっ、ふ、りつ、ねぇ、」
「僕は狡いんだ。弱くて、こんな。どうしようもない。ほんとうの僕を知られてしまったら、そうしたらきっと」

茂夫はしがみつく。決して広くはない、しかしなめらかな背を、けっして傷をつけぬよう丸めた拳で二、三、叩く。削がれた余裕に力み過ぎて律の肋骨はどすどすと鈍く鳴った。呼びかけには従順にピストンを止めてもらえる。
「僕はまだ、律のことをたくさん知らないのかもしれない」
茂夫は、胸の中へきつく額を擦り付ける弟のつむじへ顔を埋める。自分のと同じ銘柄のシャンプーの、うんざりするような化学香料のフローラルと湿気た頭皮のかすかな甘さとを、似ているけれど確かに違う律の匂いを、くふん、くふん、と鼻を鳴らして拾った。
「でも律は、僕に謝らなきゃいけないことなんて、なんにも無いよ」
「何にも知らないのに?」
「知らないこともたくさんだけど、知ってることもたくさんだ」
「それは僕が兄弟だから?」
「そう、なのかな?」
「……そこで自信無さそうにしないでよ」

律の肩がくつくつと震える。すすり泣きみたいな笑いをひとしきり収めると、消え入りそうなひとりごとみたいに尋ねてくる。
「兄さんは、さ。例えば僕が家族じゃなかったら。全く知らない人とかクラスメートとか。道端ですれ違うだけの人だったり。あるいは、その……どっちかが女の子だったり。もしそうだったとしても僕をこうして選んでくれたの?」
「なにそれ。変なはなし。そんなこと分かんないや。僕に居るのは僕の律だけだ。選ぶも何も、僕の弟じゃない律なんて想像もつかないな。それともなんだろう。律は僕と恋人になりたいの?」
「それこそ変だよ。恋人なんて、それほど僕達にちぐはぐなものもそうそう無いんじゃないかな」
「良かった。僕もそう思ってた。僕たちはせっかく最初からこんなに近いのに今更わざわざ恋人だなんて大げさだ」
「兄さんにとって恋人って、大げさなこと?」
「大げさってっていうか。まだ良く分からない、かな」
「好きな子もいるのに?」
「えっ、ええっ?! い、いないいない、よ」
「隠さなくたって知っているけれど。あの子でしょ。ほら、小さい時によく一緒に遊んでた」
「そう、い、いや! じゃなくて、えっ、と……。……まいったな。律には敵わないよ」
「兄さんが分かりやすすぎるんだ。ねえ、兄さん? 兄さんには好きな子がいるのにこんなこと、してていいの?」

辛うじて挿されていた律の先が抜き去られる。ぐずぐずに蕩けきった肉の輪がいきなりに楔を失って口さみしげに戦慄くのも鎮まらぬうち、ぐわり、と視界が回転した。遅れて布団に正面衝突させられる。うつ伏せに返されたのだ、と悟る暇さえ与えられずに後ろから尻たぶを鷲掴みに広げられ、半開きの肉壷を深々と穿たれる。
脚を真っ直ぐに伸ばされてしまったために、意志とは無関係に律の性器をきつく引き絞る。肉襞は律の通りに形を変えさせられてびたりと張り付き、怒張に浮く血管の一本も余すまいとむしゃぶる。満杯に咥えこまされた慣れ親しんだものに茂夫は歓喜し、小刻みに蠢く。沸き立った甘い衝撃に腰は波紋のように揺れて、ひぃ、と悲鳴のような吐息が漏れた。
「兄さん、まだ、挿れただけだよ」
そう言う律の声こそ荒らげた呼吸音にぶつぶつと途切れ途切れの、ざらざらに掠れていて。茂夫は密かに目を細めて言った。
「こんなことって、そんなにいけないこと?」
苛立たしげなため息に続き、ずりずりと陰茎が引き抜かれる。雁首まで抜けるか抜けないか、際の際まで引きつけると、茂夫の恥骨裏、わずかに膨れたしこりを目掛けて打ち込んだ。
「あっ、ぁふっ……! ……ぅん、あっ、あぅ、?、」
「好きな子がいるのに、弟に、お尻に、ちんちん。挿れられて。挿れられた、だけで。そんな、いやらし、声、出して、」
「ん、ふあ、……ぅあ゛、ふっ! ぁぁぁ…………!」
律は全体重を預けてじっくりと茂夫を抉る。使い込まれた腺塊はすっかり性感帯として醒めさせられ、待ち望んだ重圧を貪る。
溺れるようにシーツをかき寄せてすがる思いで掴みかかった枕は、指先が触れるすんでのところで取り上げられ、放られる。壁に叩きつけられて無情に床へと落ちた枕に向けて腕を伸ばす、その隙を突いて律は動き始めた。
「ね、にいさん、その子とは、こういうこと。しない、つもり、なの?」
「あっ、あっやだあっあ゛ぁ、それっはっ、ちが! ……ひぃんんっ、ぅっ、あっあぁっ! ふぅぅ、やめ、」
「何が違うの。ねえ、こういうこと、でしょ。恋人って。女の子にこうやって、女の子のあなに、ちんちん挿れて。セックスして」
「ひあっ、ん、くぅ……ぁぁぁ」
「なのに兄さんっ、ん、どうして、僕なんか、に、こんな、僕、相手、に、」
律の下腹が自分の尻にぶつけられてぱつぱつと、水っぽいブロイラーでもはたくよう、締まりのない音を立てるのにすら、茂夫は興奮した。律によって、律と交わるためだけの性器にされてしまった肛門は、勝手放題のピストンからも貪欲に享楽を集めて弟に侵略される悦びに打ち震えた。
しかし昇り詰めるには物足りず、良い所をもどかしく掠める律動に茂夫はびくびくと、痙攣しながら身悶えした。
そうも経たぬ内にふう、ふう、と背後から切羽詰まった息が降る。もう頃合いかと、シーツを握りしめながらぎゅう、とめいっぱいに力を込めて律のものを絞ってやれば、あっけないほどの従順に律は腰を深く押し付けた。有りもしない胎の奥、雌の腹をただ孕ますため子種を散らそうと懸命に、快楽と本能のまま。弟はまだ大人になりきらない靭やかな性器を穿つ。茂夫はついに頂点まで解放されることもなく、気怠くくすぶる甘い蠕動で薄ぺらな皮膜越しの弟が精の一滴まで絞りきるのを受け止めた。

だって僕たちは、兄弟だから。
これ以上に近づく方法なんて僕にはなにも、思いつかないから。
伝えたかった言葉は恍惚に溶けたまま。