衣替え

ここ弱冠二ヶ月ほど、中学生というやつをやってみての僕の感想は「大したことは起こらないな」と言ったところか。
自宅と学び舎の往復。机と椅子が敷き詰められた埃臭い教室に、来る日も来る日も均質に押し込められるひと、ひと、ひと。さして興味もわかない授業をつるつると飲み込んでは試験で吐き出す。他人から見た僕というのがどう映っているものやら、至極普通の学生をしているつもりなのに生徒会などというものに担ぎ上げられもした。それも今のところは、きっと、上手くやっている。
本質的に小学校と何ら変わりない。学校というのは酷く、つまらない。

今日の日についてもう一つ、あえて挙げろと言われたならば「制服というのはどうにも窮屈だ」とでも付け加えようか。
新陳代謝の激しい身体に制服はかなりの窮屈だ。公立中学ではこんな時期から冷房なんて電気代の掛かる文明の利器は入れてもらえるはずもない。襟に仕込まれた目新しく白々しい襟カラーというやつは特別に不愉快だ。学区域内のわずかな距離を登校して、同世代の男女がめいっぱい詰め込まれた教室に着席するだけで、あっという間に汗ばんでベタベタと首に張り付く。
学ランの上着なんてそう毎日は洗いもしない物だから日々染み込む汗に嫌悪を募らせつつ淡々と規則に従い、袖を通した。
だから、学級だよりの「下記の月日より夏服の着用を義務付けます」の一文には、内心小躍りした。春先はまだ良い。ぼってりと分厚い黒服は、三寒四温の気まぐれに身を刺す春風からそれなりに守ってはくれた。ただし五月晴れの陽気にまで強要するのは如何なものだろう。去年のこのくらいの時期にはもう、小学校へ行くのに母さんに無理やり渡された上着が荷物になるのを嫌々腰に結わえ付けて出かけていたと記憶している。

 

行ってきます、と声を重ねて家を出る。やや遅れて着替えを済ませ、慌ただしく自室から飛び出してきた兄さんの格好に、僕は思わずつっこみを入れた。
「もう半袖なの」
兄さんは僕よりもいく分か色白な二の腕を惜しげもなくきらきらと晒していた。
「あれ、今日から衣替えだよね? また僕、間違えたかな」
「去年、間違えたの?」
「いや、律がそう言うなら間違えたかな、と思って」
「ううん。今日からであってるけれど」
兄さんは大げさなほどにホッと肩でため息をつく。
「律の方こそ暑くないの? この制服、けっこう熱が篭るし湿気るでしょ」
「まあ、暑いけど。でも、今から半袖で真夏になったらどうするつもり?」
「えー。でも、今がもう暑いから」
事も無げに兄さんは言ってくれる。
確かに、今日は暑い。
半袖の兄さんは額に汗粒をきらめかせている。かく言う僕だって長袖のカッターシャツの脇の下はとうにびしょ濡れだ。似ていないとよく評される僕たちだけれど、汗かきはどうやら共通項らしい。
「律、なに笑ってるの」
僕でなければきっと分からないだろう、それくらいのほんの僅かに、頬を膨らませて文句を言う。
不満げな兄さんは五月晴れの陽射し越しに見えなかったことにして、僕は一層目尻を下げる。
そうだね。今がもう、暑いんだ。
汗かきな僕らを置いてけぼりに、夏は来る。