※カップリング(律モブ)匂わせ描写あり
下校途中。ささやかな隠密のために選んだのは、通学路からほんの少し横道にそれたコンビニ。お目当てを手に入れてほくほく顔で店を出た、その瞬間のことだった。
「そこの塩中生。止まりなさい」
予期せぬ呼び止めに、茂夫はびくりと跳ねさせた肩をカチコチに凍らせて、油切れのゼンマイ人形の音でも聞こえてきそうなぎこちなさで振り向いた。
「買い食いは校則違反ですよ。……影山茂夫くん」
「なあんだ、律か」
高圧的な物言いとは裏腹におっかなびっくり。慣れないいたずらを仕掛けようとする小さな子供みたいな笑顔の弟が、居た。
「なんだ、じゃないでしょ。何してるの。珍しい」
「いや、ちょっと。部活やってるとおなかすいちゃって、へへ……」
律はけふん、と一つ、咳払いの真似事をしてみせる。背筋を伸ばし直すと浅く、ひと呼吸。改まった顔をしてみて、こんなことを言う。
「生徒会に報告して罰則を適応しますよ、影山先輩?」
「でも『律』はそんなことしないでしょ?」
黙りこくった弟はバツの悪そうに距離を置いて隣へと並ぶ。コンビニの自動ドアが聞き慣れたメロディとともに開いてしまって、ほんの少しだけ近くへと寄ってくる。
紙袋に刻まれたミシン目からやや逸れて切り取られ、顔を出したのはポテトフライ。ちょうどよく揚げたてが買えたので熱々のほくほくだ。静かになった弟を他所に、湯気立つきつね色の衣を前歯でちびりと齧り取る。ゆっくりとひと噛み、ふた噛み。口いっぱいに広がるカロリーの核爆撃は、過激な運動で疲労した肉体に心地よく沁み入る。
「どうせ寄るんだったら、ついでに買って帰れたらいいのにね」
「へ? なには?」
「昨晩でもう、ほとんど、使い切っちゃった。から……」
消え入りそうにおまけされた「ごめん」までは聞かずに、茂夫は心当たりしか無い心当たりに思い当たる。
「そうか、そういえばコンビニでも売ってるんだっけ」
「まあ、僕達じゃ店頭で売ってもらえないだろうけど。制服だし」
「だよね。早く買えるようになりたいなあ」
弟はしばし、沈黙する。
そんな頃にまで、兄さんは――
「えっ?」
不意を付かれて発せられた言葉は上手く聞き取れない。尋ね直してみても返答は、無い。
ここのコンビニのホットスナックで一番安価なポテトフライ。成長期の最悪な燃費の腹を満たすには忍びない、小さくて薄っぺらい揚げ物の二口目を齧る。
一口目に軽く火傷した舌先をかばい、もごもごと咀嚼しつつ、思案する。
「あ、そうだ。律も食べる?」
「要りません!」
「ほんとに? お腹すいてるでしょ? 一口あげるよ?」
「要らないったら」
「そう?」
律は真面目だな。つくづく、思う。
真面目で、よく気の回る、尊敬している自慢の弟。つい、と踵を返してしまった、その背中を見ているだけでどうしようもなく愛おしさがこみ上げる。
「……、油臭い」
捕まえてしまった手首。反射的に振り向いた唇へとねじ込んだ、舌。引き剥がされて告げられたのは無愛想な感想。泳ぐ目線は艶やかに濡れていて。
「そんなことしたら袖、汚れちゃうよ?」
ぐしぐしと口元を拭う弟に注意をする。今度こそ本当に怒らせてしまったようで、茂夫を置いてけぼりにスタスタと歩き始めた。残りのポテトフライを大口開けて押し込むと紙袋を一捻り、拳の中に握りつぶして弟の後姿を追いかけた。