「母さんには内緒ね」
わかってるよ。
からからに干からびた返事ついでにこくこくと、頷いてみせる。
神経質な指先でティッシュを2、3枚掴み取った律が、茂夫の腹を拭っていく。無為に散らされ、呆気なく熱を失った白濁が上手く拭き取られずに塗り拡げられるのがこそばゆくて、茂夫はくつくつと薄い腹筋を震わせた。
「ごめんね兄さん。すぐ、片付けるから。」
うん、そうだね、律。これも、律の望んだこと。
事の片付けを兄が手伝おうとするのを、弟は酷く嫌った。だから茂夫は望まれるまま、お言葉に甘えて重怠い腰をベットに預けぱなしで弟の後片付けを見守っていた。
あらかた残滓の拭き去られた下腹へ、律が頬を寄せる。おそるおそる、壊れ物にでも触れるように産毛を擦り付け、腰骨の浮く細く伸びた下半身を丸ごと抱き留める。このときばかりは尊敬する自慢の弟が、自分よりもずっとちいさな子供みたいに思えて、茂夫はそんな弟の姿を見るのが密かな楽しみでもあった。やがて鬱血まみれの柔肌へ唇を寄せるまで、そうは時間がかからない。ちゅぱ、ちゅぱとあどけない音を立てて律が肌に吸い付くたび、汗に湿気たつむじが目前に揺れるのが愛おしかった。
「…………やめてよ」
「あっ。ご、めん……」
制止されて初めて、茂夫は自分が弟の髪を梳いていたことに気付く。また僕は、律の嫌がることをしてしまった。狼狽える茂夫を他所に、弟はそれきり、一心不乱に花弁を増やす作業へと没頭していった。
あんまりやられると、部活の着替えで隠しづらいな。でも順番をうまく着替えればなんとかなるかなあ。茂夫はのんびりと考える。
弟と過ごす内緒の時間を茂夫は好んではいた。だが、やることがないというのもそれはそれで、暇だった。
「また、するの?」
「どっちでもいいけど」
「律はどうしたい?」
「……兄さんは僕がしたいって言ったら、してくれるの」
「するよ」
「兄さんはしたいの」
「律がしたいなら」
「そうじゃなくて。僕じゃなくて……、兄さんはどうなの」
「律がしたいなら僕だってしたいよ。律が嫌なことは僕だって、嫌だよ」
にいさんは。そう言いかけた口の形は、言葉を紡ぐこと無く一文字に結ばれた。
律の考えていることはよく、むつかしい。律の望むことを叶えたい。律の願いを、想いを聞き取りたい。だのに叶えようとすればするほどに、律は苦しそうな顔をする。それが茂夫にはどうしてだか分からなかった。分からなかったが、弟が口にする望みには応えたいと思っていた。そうすればいつかまた、小さい頃みたいに弟の笑顔が見られるかも知れない、とも。
言われなくたって、お母さんに言うつもりなんてないのにな。自身の身体に縋り付く弟を見ながら、茂夫は思う。こんな律の姿は僕だけのものだ。誰にだって見せるものか。
でもきっと、次も律は言うんだろう。そして僕も頷くんだ。
だってそれが、律の望むことならば。