■「もしも影山律が一人っ子として産まれ育ち、兄が欠落していたらどのような人間になったのか」
■「そこに人ならざる『兄』を手に入れてしまったらどうなるのか」
■「そういった仮定条件から導かれる『影山兄弟を影山兄弟たらしめるもの』とはなにか」
これらを模索した、実験的なIF作品である。
【VALENTINE ROSE FES 2026 -day1-】
文庫/本文p118/小説/1000円 「ひれ振り合うも多生の縁」
ウツホヤシロ シ60a
人魚パロと聞くものをやってみようとしたら最終的にこんな事になってました。
どうしてこうなった…?
一応補足すると、本作を書くに当たり
「今の私が影山兄弟を書く意義ってぇのはなんなんだよおおお」
という発狂をした結果(いつもじゃないか?)、生身の人間にも生成AIにも思想の混濁をぶちまけるなどしたので、冒頭になんかAIについて硬いお断りとか入れましたが、あれ、あんま意味ないっす(爆)(この(爆)っていうの、もう誰も使ってないぞ!!)
以下にサンプルが続きます。Pixiv版は改行位置の追加と場面の入れ替えなどしてますが、こちらは物理本と同じ時系列で載せてあります。
■
今日もつまらない日だった。
塩中学校の一年生男子、影山律は本日についてもそう結論付けた。
日の傾きかけた河川敷にて、ブルーシートで建てられた「家」の主が煮炊きをしている。最盛期からは遅刻した、間の悪い台風が、夜中にやってきたばかりに休校の恵みすらもたらさずに過ぎ去った翌夕のこと。ぬかるんだ泥によたよたと足を取られながら浮浪者は、あたりが暗くなる前に夕餉を済ませてしまおうという算段なのだろう。ガスコンロの最大火力に炙られたステンレス鍋からもうもうと立ち昇る湯気には、食事というよりも賞味期限切れのスナック菓子を思わせるような、濃い塩気と酸化した油脂が含まれている。
その臭いにつられたのか、土手から飛びかかろうとした肥満体の長毛ダックスフンドは、飼い主である中年女性の、愛犬の他には決して、誰にも聞かせたくないという拒絶を込めた小声で叱られて、おなまえ刺繍付きのハーネスを引かれていった。その、丸く切り揃えられた愛玩動物の爪がアスファルトに削れるのと、きっとよだれを散らしているだろう荒い息が吐き出されるのを背後に聞きながら、律は対岸の彼方へ向けて冷めた吐息を漏らした。
影山律という少年。ごく一般的な家庭に育った一人っ子の男子中学生への、他人からの評価というのは「成績優秀で品行方正」といったものだ。律自身もそれを甘んじて受け入れている。
数字を計算させれば正確無比で日本語を読ませれば「作者の意図」も見透かして論述する。徒競走を走らせれば、中学生という年齢差が物を言う発展途上者の戦場において、上級生すら置き去りにして見せる。清潔感のある顔立ち。そして無意味な動作もなく、いやらしさのない立ち振舞いも相まって女子からは無用の好意を向けられる。その誰もが律の上辺だけに夢中だ。同じ男衆からは「まあ、影山は俺達とは違うもんな」という、尊敬とも拒絶とも取れそうな判断をされて、どちらにせよ距離を置かれていることは確かだ。律自身も他人に興味はないので、それで助かっている。ウィンウィンである。
生活態度も清らかだ。
未成年のタバコやら飲酒やら、他校との縄張り争いの喧嘩やらをしている同学も居るらしいが、生徒会のメンバーでもない一般学生の律にとっては関係のない世界の話。部活動の盛んな塩中ではめずらしく帰宅部の律が羽目を外すようなイベントそのものが起こらない。
振り子のように、学校と家を往復して、そこそこの労力で優良児童としての称号を得たその少年は、急ごしらえの再建であろうブルーシートハウスを眺めながら思うのだ。
「どうやら僕は、あそこまで落ちぶれることはなさそうだ」と。
それは傲慢な安堵でもあり、退屈な日常への見限りでもあった。
浮浪者は、食品か汚泥なのかも判別のつかない褐色がこびりついたお玉で、鍋の中身を掬いとる。口に含むと余程熱かったらしい、口からしぶきを吐き出しながらも大げさに、胸から上を前後に振り「おお」とも「ごお」ともつかないなにか、うめき声をあげて、拳を天に突き上げた。
別に誰も見てないですよ、と。
律は心のなかで呟いて、ああやっぱり、柄にもなく、通学路の途中とは言え河川敷に降りてみて、気まぐれに道草など食っても何も面白いことなど起こらないのだと。無駄なことなんてするんじゃなかった、と思う。それは想像通りの終結であったので、落胆したというよりは、ほら僕が思ったとおりでしょう? という納得をしていた。
無用の場所から立ち去るべく靴の汚れを払い落とそうと、足元を見た。
そのわずかな気まぐれに、差し向けられた視線の先に、それは居た。
発見した、というよりも律は初め、それが生命であると気づいていなかった。嵐の後のぬかるみの、地面の固形と川の液体の混ざりあったあいまいな境目が、規則的にぴこぴこと、膨れてはまたしぼむのを見つけたのだ。
よくよく、目を凝らして見つめれば、その僅かな盛り上がりは泥の色に紛れていながら、しかし確かに、陽の光の色をそのまま反射して無垢なきらめきを宿している。腹の側は無防備な白。種類も知らぬ小魚だが、魚としてあるべき体勢を保てないほどの水位に取り残されて横転している。どうやら、今にも干上がって、元の陸地へと乾くはずのぬかるみで、最期の呼吸をしているらしいと。律は理解した。
そしてその死体が猫やら鳥やらの強者がこれ幸いと口にするのか。あるいは、こんなちっぽけな死骸というのは大型の生き物からは見向きもされずに、より微細な存在たちが時間をかけて食い尽くす過程で、不快で穢れた臭気を放つのだろうか。
そこまで考えが至ってから、律はその魚を気持ち悪くて不衛生な、些末なものだと思った。
律は再び思う。
僕はきっとこうはならない。魚のくせにこんなぬかるみに取り残されるだなんて、なんと間抜けな、不出来なやつなんだろう。遅かれ少なかれ、この魚には不遇な死、もしくは死よりもむごい仕打ちが待っていたはずだ、と。
そう、思考を回転させていく間にも小魚はぱくぱくと規則正しく口を開け、エラ蓋を開閉して横たわる。律がどんなに身勝手なことを考えようとも。
否、律だけではない、あらゆる他者の思惑に関わることなく小魚は淡々と、ひたむきに呼吸をしていた。
その微かな、泥色の反復から。いつしか律は目が離せなくなっていた。
律はまず、目玉だけをぎょろり、と動かして周囲をうかがう。
それだけでは目当てのものは見つかりそうにはなくて、恐る恐る頭を振り、ついにはなりふり構わず、泥を踏み散らかして探索を広げる。
きっと下らない人間というやつはこういった物陰にポイ捨てをするのだろうな、という見立ての通り、相応の働きをしてくれそうな容器というのはすぐに見つかった。おあつらえむきに蓋だって付属している。青春真っ盛りな明るいテレビCMでお馴染みのぶどう味の炭酸ジュースのラベルが巻かれた、張り詰めたペットボトルの蓋を開けると、ぶじゅ、と破裂音が響く。四割ほど残されていた中身が律の長い指に飛び散る。それにもお構いなく、律は目的を遂行する。
人工香料の甘ったるさが含まれたすえた臭気をものともせずに、律は中身を川にぶちまけて、川の水を汲み取る。そしてまた、中身を開ける。そうやって数度、中を清めて最後には、薄く濁る川の水でペットボトルを満たした。
大慌てで先のぬかるみへと駆け寄ったが。
やはり。律の焦りとは無関係に小魚はそこに居た。
先程から何一つも変化することなく、規則正しくはくはくと、放置しておけば直に終幕を迎えるのであろう呼吸を繰り返していた。
律は泥に手を突き入れる。突然の侵略者に逃走しようとする体力も残されていないのだろうか、それとも、来るべくして来た迎えに素直に従っているのだろうか。小魚は大人しく律の揃えた指先に乗せられて、速やかにペットボトルの中へと落とされた。小魚と共に掬われた周囲の泥がボトルに淀みを広げて沈んでいく。主役の魚も暴れることもなく、泥の粒子と同じくしてボトルの底へと身を落ち着けた。
炭酸専用ボトルを己の目の高さまで掲げて、底面の凹凸で、斜めに体を傾かせている魚をじい、と眺めてみる。なんだかひと仕事終えたかのような妙な達成感がある。こんな気持ちというのは久しぶりのことかも知れない。
律は、いつの間にか緩んでいた自身の頬を自覚して、はっとして周囲を見渡す。
律の警戒とは裏腹に。
誰も律のことなど見てはいなかった。
河川敷では調理を終えた浮浪者が、瞳を見開いてうまい、うまい! と一人で叫びながら使い古しの割り箸を忙しなく動かす。麺をすする、ずるずると湿った音が響く他には特に、人影も見当たらなかった。
律はひどく恥ずかしくなり、通学鞄にペットボトルを忍ばせると足早に河川敷から逃げ去った。
(中略)
「父さんと母さんは君を『シゲ』って呼ぶことにしたみたいだけど同じ呼び方はちょっと、いや、かなりやだな。だってこれは僕と茂夫だけの関係なんだ。父さんと母さんはもちろん、優しいし、良くしてくれるよ? でもせっかくの初めての友達だから。親に決められたまんま呼ぶなんて癪に障るじゃないか。これは僕が自分で決めたくって……いや、『友達』とするのはもったいないかな。だってそれって、ただありふれた他人ってことでしょ?」
律は思う。こんな、親から隠れてコソコソと悪巧みをしているようなスリルというか興奮のようなものというのもまた、初めての経験であるな、と。人生で初めて、両の足で大地を踏みしめた瞬間というのも、これほどまでの感激はあったのだろうか。
「君は僕に初めてのことをたくさん教えてくれるからもっとそう、尊敬とか敬意とか、そんな敬う気持ちを込めたい気がするな。例えば『師匠』とか……いや、それは良くないかな。別に僕は君に何かを一方的に鍛えられているわけでもないし、ていうかむしろお世話してるのは僕だし。そんな、大人と子供みたいな水臭い関係は嫌だ。他はどうだろう、もっと距離が近くて、支え合っていて、でも時には教わる立場のような……ああ、そうだ」
伏していた律の瞳がきらめき、魚もまた呼応するように律を見つめる。
「良いこと思いついちゃったかも知れない」
律は生涯史上最悪の、とんでもないイタズラ坊主の顔をして、茂夫へとささやきかける。水槽のアクリルにずい、と鼻を寄せて、極秘の共有事項を伝えるのだ。
「ふと思ったんだけどさ。僕にもしも、もしもだよ? 兄弟が居たのならば、きっと君みたいな兄が、僕が産まれた瞬間には既に居てくれたなら。今よりずっと楽しい生活をしていたような気がするんだ。でもそれってさ、今からでも遅くないと思わない? 今のこの瞬間から、僕達は兄弟になる。君は僕にたくさんのことを教えてくれるから僕が弟で、君がお兄ちゃんっていうのはどう? だからさ、僕は君のこと……」
律は、決定事項を告げる。
「『兄さん』って呼んでも良い?」
魚は笑った。柔らかな口をポッカリと開け、ふわふわのコッペパンみたいに笑った。
そしてゆっくりと、たどたどしく言った。
「うん りつ」
「えっ……」
「ぼくは りつの おにいちゃん」
「茂……いや、兄さん……?」
茂夫は丸い三白眼をわずかに細め、続けるのだ。
「ぼくはずっと りつの おにいちゃん」
「ずっと? いや、なんで喋って……ええと、聞きたいこととか言いたいこととかがありすぎてもう、訳が分からないけど……もう、こんなことって、どこから何を話せば良いんだ……そもそも何で僕の名前を知ってるんだ? ってああ、そうか、風呂場で母さんが僕のこと呼んでたっけ……これは一つ解決、と」
「それは ちがう そんなの ずっとしってる」
「何だよそれ」
「ぼくはずっと りつのおにいちゃん」
「うーん、結局なんだかわからないけど、次はこれだな。兄さん……はさっきから『ずっと』って言ってるけど、兄弟になろうっていうのはほら、僕がたった今思いつきで決めたことであってさ。ほんの、ジョークみたいなものだよ」
「それは ちがう」
「えっ……」
「ぼくは りつのおにいちゃん ずっと そう」
「……一応聞いてみるよ。それは、いつから?」
「りつが うまれたときから」
「はぁー……」
聡明な律の思考回路も流石にシステムダウンして、長く、息を吐ききると机に突っ伏して脱力した。
「りつ だいじょうぶ? ぐあい わるい?」
「ああ、うん君のせいでこうなってるんだけど……」
「きみ じゃない」
「えっ?」
「ぼくは おにいちゃん」
「……はいそうです、兄さんのせいでこうなってるんだけどね…!」
やけっぱちに言い捨てた律のことを、茂夫は嬉しそうにこぽこぽと泡を吐きながら眺めていた。その間の抜けた顔に一瞬は毒気が抜かれた律であった。が、聡明な律は大きな心配に気が付いてしまった。
「そうだよ、兄さん、そのおしゃべり、僕以外の誰にも、絶対にやっちゃ駄目だよ? だってそんな、こんな能力がある魚がいるだなんて社会にバレたら、兄さんが研究対象とかにされちゃったりして……あんなことやそんなことをされちゃったり……ああ、まずいぞ、ひどい目にあわされたらどうしよう……!」
「だいじょぶ りつだけ」
「本当に?」
「りつしか おはなし できない」
「……ほんとうに、そうなの?」
「そう」
「まあ、それなら……大丈夫そうか……」
律は椅子に座り直し、改めて頬杖をついて茂夫を眺める。
考えるべきことだとか疑問に思うべきことだとか、そんなことはいくらでもあるはずだが律の思考はあえてそれらを些末事として無視する、という選択をした。
なぜならば。
今が最高に、楽しいからである。
こんなにも常識という道を外れた楽しみなど今まであっただろうか。初めて尽くしをもたらしてくれる愛魚をしげしげと眺めて、律の脳裏に卑近な課題がハッと浮かぶ。
「ああ、まずいと言えばそうだ。今日は理科も家庭科も宿題が出ているからやることがたくさんあるんだった、理科は小テスト対策だけやればいいんだ、今回は植物の受粉の仕組みだっけ。それはどうにでもなる。だけど家庭科はレシートを集めるんだっけ……こっちのほうが問題だ。どうしよう母さんに言うの忘れた。もう捨てちゃったかも知れないし。ごめん兄さん、またあとで!」
音を立てながら椅子から立ち上がると、律は階下へと降りていった。その背中を茂夫はやはり、ぱくぱくと呼吸をして見送った。
以降の日々というのは、それまでの律の人生とはまるで変わってしまった。
部屋に帰れば茂夫が居る。たったそれだけで、乾いた白紙のようであった人生が、水彩絵の具が滲むように色づいていった。
(中略)
その時に。声は降った。
「弟を傷つけるな」
命令に、父は動きを止めた。信じがたい思いで固まった成人男性を前に、巨大魚は、いや今や半身が、人と等しい形をした人魚は、律をそのかいなに抱きとめて、額から流れる一筋の血液を啜っていた。
水は怒る。
床を浸す水が怒り、震え、吠える。
膨れ上がった水からはゴボゴボと、大も小も入り交じる歪な泡が破裂し、怒りのままに沸騰し、膨れ、溢れ、波立ち、荒ぶって、部屋中を侵食し、押し流す。
散らばるガラスも、包丁も、学習机も空っぽの水槽も本棚も積もった埃も固まったままの人間も。水の怒りを前に区別はない。
でたらめな奔流は窓ガラスも扉も突き破り、人間の巣一つなど容易く木っ端に破裂させて、外界へと牙を剥く。激流は町内のアスファルトを疾走し、犬の糞も電柱も猫も烏も等しく飲み込み、人間の営みを、陸の理屈を蒼の世界へと染めていく。濁った、海神の領分へと。蒼一色に塗りつぶす。
全てを打倒して、圧倒する。その怒りを阻めるだけの価値は陸に存在しない。人の営みなど、些末の一つとして洗い流し、塗り替えて、ぜんぶまとめて蒼の底。
無限に広がる蒼の水底で。人魚はぽくぱくと、息をした。
to be continued