小悪魔風ハロウィンシチュー

 三角耳がはたり、と立つ。大理石張りの玄関口に横たわっていた彼は、口吻をもたげた。抱いて寝ていた大ぶりの尾と、人の子のそれと等しい丸い膝小僧とを手放す。そしてゆったり、瞬きをひとつ。すると、眠たげな涙の靄は跡形もなく晴れ渡り、緑金の瞳が爛々と、月光を透かして煌いた。
 扉が開くのを見定めて、待ちに待ちわびた気配の方へ、起き上がりざまに助走をひと蹴り。靭やかな跳躍に、白銀の毛並みが豊かに波を打つ。
「ただ、い、うぁ!」
 世界中でただ一人、敬愛する「主たる兄」へ。獣人は喜びエンジン全開にして飛びかかる。悲鳴などどこ吹く風。主が、少年のかたちをした、華奢な体躯に似つかわしくない、鈍い音を立てて尻餅をついたのを良いことに、手を、頬を、鼻を、瞼を。唇がまくれ上げて口の中まで、くまなく舐め回す。
「わぷ、アハ、ハ……も、もう! やめてってばあ……!」
 熱烈すぎる洗礼に、少年は早々に音を上げた。獣人は、主の上へ跨ったまま。さんざに不敬を働きながら、平べったい真っ赤な舌を得意げにちろちろ垂らし、興奮を荒く吐き出していた。
「いい子にしてた? リツ」
 かの獣人、狼男のリツは、ひとたびピタリと口を閉じて鼻先を主の鼻へとちょこん、と付ける。そしてぐいと胸を張り、当たり前だと言わんばかりに三角のふかふか耳をピンと立てた。
それを見た少年は、穏やかにふつ、とほほ笑む。と、徐に、蝙蝠様のちいさな羽が床に勢いよく広げられた。骨ばったせまい背中に潰されていた、さらに小さな両の翼は、物理法則を軽やかに無視し、少年を飛翔させた。小ぶりな尻の軌道をなぞるよう、黒光りの尾がするりと伸びる。その先端では逆さ棘が、黒曜石の輝きを宿していた。
 冷たい床石へロングブーツのつま先を、音なく立てる。羽毛のように舞い降りて、人差し指を立てる。すると殊更、摩訶不思議なことが巻き起こる。

 つい先ほど、愛狼の襲撃に取り落とした出かけ用のバスケット。中に入れていたのは、屋敷の鍵と通信用の魔晶石、奉公先で駄賃代わりの現物支給された玉ねぎ、にんじん。じゃがいもに、ブロッコリー。散り散りに落とされた物がいっせいに宙へと浮き上がる。蔦で編まれた手提げ籠は、それらを順繰りに、全て内へと吸い込むと、自ずから少年の手元へと収まった。狼男はその様を、恍惚として見惚れていた。
 狼男の主。少年のかたちをしたものの正体は、小悪魔。発育の控えめな、ごくありふれた少年のそれらと変わらぬ華奢な体躯は、久遠の姿。ちいさくともその身には膨大な力を宿す魔族の一派。彼の名は、シゲオと言った。

 茂夫は漆黒のスラックスの埃を払い、フリルブラウスの皺を伸ばす。するといつの間にか、よそ行ってきたのやら、リツが駆け戻って来た。よたよたと重たそうに引きずっているのはふあふあの巨大毛玉。シゲオの足元へ運んでくると、大きな顎を目いっぱいに開いて、お次はこれ、とばかりに得意そうに見せびらかした。
 シゲオが、黒く澄んだちいさな瞳をまん丸に見開いて驚くと、最高の誇らしげに、リツはふんふん鼻を鳴らした。力なく横たえられた毛玉から、立派な二脚を探り当てて高々と掲げてみる。冬毛のまだ抜けきらない、たっぷりと空気を含んで膨らんだ毛皮。越冬後の痩せ気味で肉はやや少なさそうだが、身はほどよく締まっている。シゲオがつま先立ちに背伸びをしてみても、持ち上がり切れない長い耳が二本、だらりと垂れて床を掃いた。
「すごい、立派なウサギ! こんなのどこで見つけたの? やっぱり、リツはすごいなあ」
 改めて驚いて見せると、リツは大したこともなさそうに、クールな瞬きを一つする。シゲオはそんな狼へ、お待ちかねの提案をした。
「それじゃあ、お昼ご飯にしようか」
 そう来なくっちゃ。とばかりに、リツは唇をペロリと舐め上げ、わふ、と小さくひと声鳴いた。
 シゲオは早速、ジャケットを脱ぐ。白いフリルエプロンを腰に結わえ、レースのあしらわれたヘッドドレスを被り、ブラウスの袖をまくりあげて、よし、と気合を入れた。因みに、いやに少女趣味なエプロンは、小悪魔の友人の亡霊より、「シゲオは小せえからなぁ。サイズが合いそうなのってぇと……これくらいしかねえな」と、ありがたく譲り受けた逸品だ。シゲオとしては、背中にクロスするフリル紐から、ちょうど良く翼を出せる上、付属のヘッドドレスも角を邪魔せず髪を押さえてくれるので、それなりに重宝していた。かと言って別段好きでもなく、作業着の一着として、無感情だった。事の次第を聞かされたリツは、次に亡霊に会った日には必ず、ひと噛みしなければならないと、固く心に誓っていた。
 肉の解体は、手先の自由が効くシゲオの役目だ。獲物を逆さに吊り下げて、小ぶりのナイフで皮を剥ぐ。せっかくの上等な毛皮だったけれど、所々刃が入ってしまったのはご愛敬。頃合いを見計らってリツが咥えて持ってきた骨スキ包丁に替えて、適当に切り分ければ美味しそうなお肉の出来上がりだ。
 皮と臓物は取っておく。皮は接げば小物くらいには使えそうだ。臓物だって、森の魔法使いに持っていけば調薬と換えてもらえる貴重な資源だ。それをよく知っているリツは溢れるヨダレを飲み下しながら、袋にしまわれてしまうを名残惜しそうに見届けた。
 肉の準備ができたなら、次いで野菜に取り掛かる。
にんじんとじゃがいもは皮を剥いて一口大、のつもりの、やや賑やかな大きさの乱切りに、玉ねぎはみじん切り。ブロッコリーも程よい大きさまで枝をもいで、分けておく。
「こら、リツ。ちゃんと野菜も食べるんだよ」
 まな板の上の野菜へと、こっそり威嚇していたリツは、むすりとそっぽを向く。リツは野菜が嫌いな訳ではない。むしろ、主の手料理の甲斐もあってかかなりのベジタリアンだ。森の王たる狼が草木など口にするものか。イヌ科に玉ねぎとは何事かというもっともなお叱りも聞こえてきそうだが、狼は狼、狼男は狼男。似て非なる存在だ。そもそもが、リツやシゲオ、超常の魔族にとっての食事とは、生身の動物たちを真似た一種娯楽に近い行為だった。
 リツにとっての問題とは、主が師匠と呼ぶ、かの胡散臭い自称吸血鬼の男だった。あいつは尊敬する主を、たったの草木の根や葉如きを寄越してこき使うのだ。大体はあいつが、吸血鬼な訳がない。吸血鬼にゆかりの深い狼男の種族の勘が、まるで働かないからだ。そのくせに口八丁の狡猾な奴で、力を持たぬくせに適いそうな気もまるでせず、たいそう苦手に思っていた。
 何よりも。主が奴の元へ通い始めてからというもの、一緒に過ごす時間が減ったのだ。シゲオが世界基本にして、全てであるリツにとって、これは由々しき事態だった。
 なのに主ときたら、奴の話を嬉々としてリツに語るのだ。狼男のリツには、「あいつは偽物だ」と語る言葉は持っておらず、もしも喋ることが出来たとして嬉しそうな主を遮るのも憚られて、リツは閉口していた。おまけに、奴の縄張り臭い野菜を毎夜嬉しそうに持って帰ってくるものだから、リツは少々ご立腹なのだった。

 むくれていたリツの鼻面へ、香ばしい匂いが漂い始める。せっかく、知らんぷりを決め込もうとするも、上等な脂の爆ぜる食欲をそそる香りに我慢ならず、つい、鼻をむずつかせた。ウサギ脂をたっぷり敷いて表面をこんがり焼いた腿肉と、程よく火の通り表面の透き通った野菜が鉄のフライパンで踊る。もう片方のかまどの上で火にかけられた大鍋では、小麦粉とバターを混ぜ合わせて、ほんのりのきつね色まで色付いていた。
 どうやら、今夜の食卓までは、まだまだ時間がかかりそうだ。そう判断したリツは、暖炉前のラグへと寝そべると、もうひと眠りお休みをもらうことにした。

◇ ◇ ◇

 身体を揺さぶられている。耳元で何かが、やかましく鳴いている。下等な非定型生物に脚を取られ藻掻いているような、とりとめもなく酷い気分だ。苛立たしくて、もどかしくて、焦燥していて、憔悴していて、何も判らない。不快をもたらす全てを牙で打ち砕いてしまいたい。そんな破壊衝動が、脳髄に業火のように巣食っている。
 ひとまずのところは、棒切れみたいにか細い手が、逆立てた毛をかき混ぜるのが鬱陶しい。邪魔くさくて、壊し尽くしてしまいたくて食らい付くしてしまいたくて、邪険に牙を剥いた。
だがそれ以上、リツの顎が閉じられることはなかった。青いプリズムがリツを堅牢に、実に穏やかに、捕らえていた。
「そっか、もうそんな時期だった。今日はこんなにも、月が大きい夜だもんね」
 小悪魔は、狼男の腕を撫でて言う。少年の柔い肌に硬い毛がぞろぞろ生え揃いつつあるのを、てのひらにちくちくと確かめると、暗闇の中、苦しそうに、にぃ、と笑った。

「ごめんね、リツ」
 シゲオは、きっと本狼には届かないだろう謝罪をすると、魔力出力を強める。粗暴な野獣と化した愛おしい獣は見えない力に縛られて、鉤爪ひとつピクリとも動かさない。
 力を一振りし、リツの頭を横にそむける。うなじにかかる頭髪とも獣毛ともつかない尖った毛をかき上げて、か弱い人肌の未だ残る首筋を顕わにすると、そこには真っ黒の革ベルトが肌に食い込むほどに締められている。両の顎骨を覆って首を一周する一本、さらに厳重に、鼻面から額、狼耳の間を通して、うなじで交差するもう一本で留められているものは、コーン状に組まれた堅牢な革の口輪だった。リツは身じろぎ一つ許されず、最大の武器であり、狼族の誇りである牙をも小賢しい器具に封じられていた。ただ、口を封じる忌々しい編み目の隙から、地獄の谷間を吹きぬける嵐のように荒ぶる唸りを、ごうごうと響かせるばかりだった。
 シゲオはリツの顎骨の下を、慣れた手つきで抑えつけて、薄くか弱い人肌の上からどうどうと脈打ついのちの道筋を探り当てる。浅く、空気を吸い、次いでゆっくりと、肺腑の容量の隅々まで絞り出すよう、吐き出した。そうして心を固めると、一思いに悪魔の牙を突き立てた。
 目の醒めるような鮮血が噴出する。狼男の脈動が激しく暴れるのに合わせ、規則正しく、血潮は吹いた。小悪魔のちいさな口腔はあっという間に獣の血で溢れ返った。滴るほどに零れた血液が、ブラウスの白をあざ笑うよう、生ぬるく染め上げた。
錆と獣の臭いのする粘ついた体液を口に含むと、胃袋がひっくり返りそうに拒絶する。小悪魔は吸血鬼ではない。強大な力を持ちながら何者も傷付けたくはないと願う、平和主義の小悪魔たるシゲオにとって、生血を啜ることは倫理的にも、生理的にも、耐え難いことだった。
 何よりも、たったひとりの弟として迎え入れた狼男を、畜生同然に縛り上げ、痛めつけることに酷く、抵抗があった。この先もずっと、常しえに繰り返すことになるだろうこの儀式に慣れることは、きっとないだろう。むしろ、慣れたくは無かった。必要に迫られてのこととは言え、弟を傷つける罪悪感に麻痺した自分を許せるはずもない。幾度目かも分らない出口の見えない苦悩と胸の疼きに耐えながら、口の中で固まりかけていた血液を無理くりに飲み下した。

 暗闇の中、淡い光がぼぅ、と光る。光源を探り当て、おもてに返すと、幾何学模様とルーン文字を組み合わせた紋様が浮かんでいる。狼男の肉球に刻み込まれた契約の魔法陣回路が正しく作動し、魔力が行き渡った証だった。
 先ほどまでの粗暴さは嘘のように鳴りを潜め、リツは、冷汗と、血しぶきと、穢れた体液にズブ濡れになりながら、弱弱しく舌を垂らしていた。
「リツ、分かる? 僕だよ。リツの、兄さんだよ」
 プリズムによる拘束を解き、初めましての子犬に話しかけるよう、ゆっくりと、優しく尋ねる。永年の眠りから蘇ったアンデッドのように、瞼がどろりと開かれた。見えているのかいないのか、焦点の合わぬ瞳をシゲオが見つめていると、狼の体躯が跳ね起きた。シゲオへと口輪を押し付け、殺意を持って牙を剥く。開くことも、噛みちぎることも許されない拘束具の内側で、狼はぎりぎりと歯ぎしりをした。
「うん、分かってる。分かってるよ」
 じゃれつく子犬をあやすよう、シゲオは語りかけた。そしてベルトを緩め、口輪を外した。
「今度はほら。律の番だもん。ね?」
 そう言うと茂夫は、てのひらの魔法陣を、愛狼へと見せつけた。
 
 
 眼前に、ひ弱そうな肉が居た。爪も牙も貧弱で、身を護る毛皮さえも持っていない。喰われるために居るとしか思えない、絶好の獲物を見つけた狼は狂喜し、雷撃のごとく踊りかかった。
「うっ、ぁ…………」
 抵抗なし。狙い通り、弄ぶつもりで急所を外し、柔い二の腕へ深々と突き刺した牙の感触に惚れ惚れする。弱々しい呻きをあげながら、倒れ込んだ獲物へとのしかかり、邪魔なばかりの薄布を爪で悠々と裂く。顕れたのは、見るからに柔らかそうな臓物袋。滴るよだれは流れるに任せたまま。産毛の一本にも守られない、薄ぺらな腹の皮をぞぶり、と裂いた。
 
 
「あ♡………ぅあ、ふ♡♡ フーッッ、あ♡ ……ふ、ぁぁ♡」
 愛しい狼の牙を受けて、小悪魔は嬌声を上げる。ほの白い腹の皮は縦横に裂かれ、ほじり返された黄色い脂がぷりぷりと、ちぎれちぎれに飛び散る様を、うっそりと眺めていた。薄べったい脂に、さらに薄い筋肉。ついさっき、捌いたばかりのウサギにも比べ物にならないほどの非力な身体へと嬉しそうに喰らいつく狼を、慈しみを込めて見守っていた。
 あっという間に晒された腹膜に、狼はべろりと舌舐めずりする。そして、待ちかねていたプレゼントの包装紙を破るよう、片方の犬歯を器用に引っ掛けて、一思いの縦裂きに開いた。
「ぁっ! あ、あああアアアッッーーー♡♡♡」
 ぷちり。と、小さく裂が開けられる。後から後から、臓物が溢れ出す。こんな貧相な身体にも、良くもこんなに詰まっていたものだと、幾度見ても感心する。とっておきのごちそうにありついて、実に嬉しそうに、野性をむき出す弟を特等席から眺めるのが、小悪魔の何よりの愉悦だった。他人を傷つけるばかりの邪悪な魔力のほか何一つ持ちえない自身にも、愛する者へと与えるものがたっぷりとあることが、単純に嬉しかった。
「カッ……ひっ♡ ね……んぅ、ぅ、リツ? ねぇ、おいし? んっグぅ……おいしひー? ね?♡♡」
 ぞぶぞぶと腹をかき混ぜて、器いっぱいのシチューを飲み干すみたいに、狼ははらわたを啜った。腹腔に鼻面ごと入り込み、やわやわと蠢く幾多の臓物をちぎり、血を滴らせて飲み下した。大好物にすっかり夢中な狼の背を撫ぜてみる。しっとりと吸い付く感触は、ほとんど少年の柔肌のそれへと戻りつつあった。シゲオはてのひらを掲げてみる。魔力を吸い上げた魔法陣がぼんやりと光りを放っていた。
 動きの鈍った狼を、抱き上げるように引き剥がす。満腹の子犬みたいに、さっそく船を漕ぎ始めたリツの、安らかな寝顔をそっと撫で、お気に入りのラグの上へと横たえた。シゲオは空っぽになった腹のなかを名残惜しく眺めてから、ひと振り、魔力を解き放つ。と、そこはもう、元の通りのすべすべなお腹に戻っていた。
これでまた月が満ちるまで、種族の異なるリツと二人、血肉の契に結ばれた兄弟でいられる。聡明な狼男が自身の身に、無邪気に貪りついてくるのをシゲオは愛おしく思っていた。他の誰もが、あんなに可愛いリツのことを知らないのだと思うと、なんともむず痒く、胸の内が火照った。
 一つだけ、シゲオには心残りがあった。もしも僕が吸血鬼だったなら。リツとの契をもっと、愉しめたかも知れないのに。吸血鬼のもたらすと聞く途方もない悦楽を、リツに与えることが出来たのかも知れないのに。ただそればかりが悔やまれた。

◇ ◇ ◇

 リツが目を覚ましたのは、東の空が白む頃だった。ほんの少し仮眠のつもりが、とんだ真夜中まで寝坊をしてしまった。真面目なリツは大慌てで飛び起きた。隣を見れば、寝巻き姿に着替えた主がすうすう寝息を立てている。暖炉の火もとうに消えているというのに、布団にも入らず、こんな所で寝てしまうとは。よほど疲れることでもあったのだろうか。心配になり、でも遠慮がちに、鼻先をちろ、と舐めると甲高い悲鳴が上がった。
「ひゃ、びっくりしたあ……! それ、やめてっていってるでしょ!」
 主は鼻をゴリゴリと擦りながら飛び起きた。ぼさぼさ髪を振り乱して慌てる主が元気そうだと確かめて、リツはゆさゆさ尾っぽを揺らすと、主は奇妙なことを尋ねてきた。
「リツ、大丈夫? 怪我とか残ったりしてない?」
 眠りすぎて元気いっぱい。何を心配されているのやら、さっぱり身に覚えはないのだが。ともかくリツはご機嫌に、ふんすと鼻を鳴らした。
 主は大げさなほどに安堵して、顎の下をこりこりと掻いてくれる。目を細めて耳を垂らし、でろでろに頬を緩ませ堪能していると、悪戯っぽく、主は言うのだ。
「ねえリツ、何か忘れてなーい?」
 しっぽをゆったり三往復。揺らせて考え、リツはガバリと跳ね起きた。
「すっかり夜食になっちゃったけど。食べるでしょ」
 そうして差し出された器には、じっくり丁寧に煮込まれた、ブラウンシチューが盛られていた。
 シゲオはスプーンにフォーク、ナイフを揃えて。リツは鉤爪と肉球を器用に扱って器を持ち、一緒にいただきます、をする。
兄弟で協力して仕上がった今宵の力作のお味は言うまでもなく、ほっぺたの落っこちる極上だった。